広告の奴隷から広告の主人へ
表題の木村剛氏の意見に納得しつつ、広告について、
ちょっと考えた。
購買に結びつく広告って、
消費者に新しいニーズを気づかせる
他社より優位性を示す
などなど、ある種積極的な役割が必要だとおもう。
(連呼だけでの購買って、可能だけど難しい)
そうしたとき、
なんかいいなぁ、と琴線に触れるものを提供することが必要。
で、その琴線は
ウェブなら十分な比較検討による納得
TVなら映像+音の雰囲気 によって生まれるのではないかと。。
TVの広告って
映像と音で雰囲気を作れる、迫ってくる(視聴者が受動的)
点で、琴線を作りやすい媒体として優れている。
ここの点だけでもっといいのは大画面で迫ってくる映画上映前のCF。
また、個別CFとしては繰り返し視聴できて、なじむように、琴線に触れれるものが優れているんだろう。
TVは繰り返し、琴線に触れさせれるって点で優れている。
ここがアイフルとかLIFEとか、TRYのCF
をつくっていて、そんな意図なのかなぁ~とおもったけど、
改めて、PCの画面じゃ、入り込めないですね。
番組を集中してみてて、その流れでCFをみるのと、ウェブのページのひとつとして
みるCFじゃ、効果がぜんぜん違う。
FLASHでも映像+音の表現ができる(しかもインタラクティブ)けど、
視聴の条件、繰り返しの回数でもって雰囲気作りの媒体としてはTVより今のところ劣る。
で、ウェブで行う、琴線づくりって、どんな風に進化していくんだろう?
とおもった。
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僕が想像するに、木村さんのこのエントリは「ツリ」なんだろうな。
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Tracked on April 06, 2004 at 12:08 PM




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